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TIME

日々の中で気づいたことを綴ります

4/7 Twitter、やめました ~Twitterの歴史を振り返る

コラム

先ほどの記事に引き続きの更新となります。

こちらのブログにリンクは今まで貼っておりませんでしたが、(逆にツイートでこのブログを呟くことはありました)Twitterツイッター)を最近までやっていました。

「最近まで」。

 

そう、Twitterをやめました。

今までアカウントを何度も消したり復活させたりを繰り返したりしつつなんだかんだで利用していたTwitter。黎明期から利用し、途中で1、2年ほどやめ、その後再び使い続けて全体では5、6年ほどは利用した気がします。

しかし、具体的にはアカウントを全て消去したわけではありません。

今はTwitterアカウントを使うことによって店などで割引が受けられたり、ほかのサイトの登録が楽に済んだりするメリットを受けることができます。またゲームのアイテム入手やデータの保存、ありとあらゆることで結び付けられているので、それらの面でデメリットとなるため、使わないアカウント(ツイート1)にこれらを結びつけてはあります。また、商業的な活動を行うアカウントのみは残してありますが、日常利用するアカウントは全て削除してしまいました。

スマートフォン端末のアプリなども全て消してしまいました。

一番思い入れがある、Tweetbot2までも消去しました。(2をつい最近まで使い続けているあたり時代遅れ感がありますが)

かなり思い入れがあるので、今までもどうしてもこれだけは消せなかったのに、ついに消してしまったんですよね。本当に終わりを感じます。

 

未だにこんな形でやめていくらか期間が経つわけですが、振り返るとすごく懐かしみがあって(中には黒歴史なるものもありますが)楽しかった思い出なども蘇るので、それらを書き記したいと思います。

ただの個人的な歴史です 笑(あやふやな部分もありますが、ご了承ください)

 

  • 黎明期時代(2008年前後)

この頃はフォローフォロワーも数十ほどで100前後だったと思います。

まだ全体的にユーザーの利用数が少なく、ひっそりと利用をしている形でした。

利用をしている方も、この当時は個人サイトを持っている方や外部の掲示板などを利用されている方が多かった印象があります。そしてそういった共通の場所のつながりから発展した繋がりで利用をしていました。mixiなども当時はよく利用されていたと思います。(私はこの頃mixiは利用していませんが)また、内輪での利用といった形で、あまりオープンではありませんでした。

まだこの頃はこういった外部のコミュニティーサイトがとても活発だった頃に感じます。Twitterに関連したサービスもまだ発展しておらず、まだスマートフォンがあるような時代でもなかったため、今ほどまでツイートもしやすいとは言えません。

こう思うとTwitterの発展の背景には、そういった技術的・情報ツールの発展も背景にあるように感じますね。

そして企業の宣伝などの商業的な面でも、当時はあまり見かけませんでした。

このあたりの時代はネット上での交流も娯楽の一つでした。

 

2011年前後につきましては省略させていただきます。(この頃は1,2年ほど利用していなかった期間であるため)

 

  • 発展期時代(2013年前後)

この頃に再びTwitterを利用開始しました。

黎明期時代に内輪で揉めてしまい、ツイート(当時はつぶやき)をすることがなくなってしまったため、やめたことがこの時にやめた理由ですが、再び始めようと思ったきっかけは、Twitterをやめていた期間にまた別の外部サイトで知り合った人と連絡を取るためでした。

しかし戻ってきてびっくりしたことは、Twitterがかなりオープンになっていたことです。

背景としては、この頃辺りからスマートフォンが現れ、だんだんと普及をしつつあったことでしょうか。そして、ブログやHPなどの個人サイトなどが薄れつつあった時代ではあります。

この頃辺りから外部サイトでの利用もされるようになり、また、身の回りのリアルの生活でもぼちぼち利用する人が出てきました。ネットだけの繋がりの利用者は確かに多かったですが、現実の友人などもちょくちょく利用していた形です。(特にmixiと併用をしつつTwitterを始めたといった人が多かったです)

この頃辺りからフォローフォロワーも増加しました。

数百単位にまでは登りました。この頃辺りからアルファと呼ばれる大勢の(数千~数万以上)フォロワーをもつツイッタラーが現れ始めたような気もします。

「ふぁぼる」「ふぁぼ魔(ふぁぼをしまくる人)」「アルファ」「パクツイ(ツイートをパクって呟くこと)」といった用語や、またキチ顔文字と呼ばれる独特な顔文字(☝ ՞ਊ ՞)☝←このようなもの が出始めたのもこのくらいの時期という印象があります。(ふぁぼる・・・ツイートをお気に入り登録すること)

また、プログラムなどを組める人がこの時代にはふぁぼを大量にする機能や、大量にリプ(リプライ)を送る機能などを開発していた印象もあります。

私もこれらの行為を行って楽しんでいた一員でもありました。

最近はこれらも見かけなくなり、少し寂しさがありました。

商業的、企業的な利用もかなり増えていました。

黎明期に比べ圧倒的に、様々な情報が飛び込むことも増え、また、たくさんの人と知り合うことができました。しかし、適度な情報量がちょうどよく感じた頃でもありました。

そしてこの頃はよく「オフ会」というものをしたものです。

(オフ会・・・オンライン上の同じ趣味や仲の良い人で集って会うこと)

この頃はたくさんの人と会ったものです、良い思い出も悪い思い出もある時期ではありますが、なんだかんだでその頃は非常に楽しかった。

たくさんの人と実際に遊べることがその当時の楽しみの一つでした。

そしてこの頃辺りにリアル生活のほうでこのブログを書くきっかけになったような出来事、トラブルに見舞われ、精神的にも狂いつつありました。リアルの人間関係を常軌を逸した方法で破壊され、尚且つ追い込まれました。

しかし、こういった楽しみをして、そういったことを忘れようと必死に目を背けやり抜こうとずっと楽しいことだけを考えて、楽しいことだけをして過ごしていました。だけどチクチクそういったストレスが蓄積されていた気がします。当時は無理をしすぎていたと感じます。そして更にこういったところまでも付け入ってこられ、結構な人数の友人を失くしました。本当はすごい孤独な状態になっていたのに、すごい強がっていました。だけど寂しさというボロが出た。

そしてそういったストレスの爆発もあり精神的に狂っていたままいつからか楽しみが変な方向に行っていたと感じています。普通の交流とは呼べない状態になってしまっていた時期がありました。そして更にそれで数多くの人間関係を自らダメにしました。あの頃はそれはもう自暴自棄でした。今考えるととんでもない迷惑をかけたことが本当に申し訳がない。何も関係のなかった人まで巻き添えこんで下手すれば覚えていないところでとんでもなくひどいことをしたかもしれない・・・とすら思ってしまいます。

それから2014年くらいはフェードアウトしつつ、ちょうどこの辺りからちゃんと治療やサポートを受け、ひっそりと同じ県内の人たちと利用していました。

この部分の内容が多いことだけでも分かる通り、Twitter生活の中で一番濃かった期間だと個人的には感じています。

 

  • 現在(2016年前後)

とにかく情報量が増加しました。最近は特にそれを圧倒的に感じていました。

商業的な流入やビジネスの参入を濃く感じます。

ここ最近は特にバイラルメディア(共感したらシェア!)などといったものをネット上で見かけることが増えた影響も大きいでしょう。

また、ユーザー数も爆発的に増加した気がします。

それもそのはず、この記事に書いている黎明期~で比較すれば大分Twitterの知名度も上がりましたし、またスマートフォンを所持する年齢の低年齢化もあり、現在の中学生などが利用をしていることも背景にあります。最近働いているとやってくる中学生などがTwitterの話題をしたりスマートフォンを使いこなしている様子を見ているとそれを強く実感します。なんせ私の当時よりかそういった機械を使いこなしている子の割合が高いですからね。

そういった世代の交代もあるのかなぁといったことを感じることが増えましたね。

発展期時代に流行っていた「あそび」(ふぁぼなど)がなくなってしまったことに寂しさを覚えます。

ああいう悪ふざけ、今の時代でやったらきっと悪ふざけではなく迷惑行為ととられるんでしょうね。

悪ふざけなノリで楽しめた時代が本当に好きだった。真面目な人が増えたって言ったら増えたんだろうけど、どうもあんまり好きになれなかった。

発展期時代に繋がっていたフォロワーもTwitterをやめていった方が大勢います。

また、タイムラインに流れる内容、特にRTなどで流れてくるツイートの傾向が変わったと感じることが増えました。以前までは盛り上がっていたような内容があまり盛り上がっていなかったり、(盛り上がってはいるのですがそう感じられないのは時代が違うからかもしれません)全体的にあの頃より一人あたりの呟く量も減っていると思います。

個人サイトや掲示板についてはもう殆ど見かけないと言っても過言ではないくらいに、検索をするとバイラルメディアやキュレーションサイト(まとめなど)がヒットして時代の変化を感じさせられます。私は個人がアイデアを見つけて作るwebサイトに良さを感じていたため、調べやすさはよいとはいえませんが、ネットサーフィンは昔のほうが楽しかったと感じています。

 

この度そういった時代の変化についていけれていないというのもTwitterをやめた原因の一つにほかなりません。

私生活が落ち着いたこともありますが、真面目すぎるのってどうも嫌い。

タイムラインに流れる内容も、自分自身の将来の悩みや人間関係の悩み、コンプレックス・・・etcそんな内容で埋め尽くされている日もここ何ヶ月か見ていて特に多くてうんざりしていました。これらのことを呟く分には自由な場だからいいとは思うんですけど、あまりにも多くて開いた時に埋まっていると影響を受けて落ち込むことがありました。次第にこれらの内容を見ることが嫌で、Twitter自体の見る頻度も減り、呟きもだんだん減っていきました。

そういった悪影響になっていたという理由もあります。

またそれらのツイートを見て怒りを感じることもありました。表にいくら出さなくとも、やはり人間に嫉妬はつきもので、いらだちを感じるんですよね。だからといって良からぬことを企てたりはしません。

またそういった何かしらの嫉妬を大声で叫ぶようにツイートをする人などそういう他人の良からぬ感情を見る機会が増えたことが一番の原因です。

そして今はリアルで悪ふざけできるような人がいるにもかかわらず、そういった人にこういった悪影響が出てしまっていたので、よくないと思い決心しました。

楽しさや幸せが溢れる場所を大切にしたい。そしてそういった場所を見つけたら飛び込んでいきたい。そういう心機一転の意味も込められています。

もっとネット上が今後そういった形でシフトし発展をしていって欲しいものです。

そしてそれに何らかの形で携われたら と思っています。

 

最後に

感謝を込めて ありがとう Twitter