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TIME

日々の中で気づいたことを綴ります

7/11 心理カウンセラーはどこか冷めている

コラム

お久しぶりです、約2ヶ月ちょっとぶりの更新です。

もはや誰も見ていないのでは?というくらいに更新していませんが、所詮自分用ノートのようなものなのでそこらへんはあまり気にせずに更新しています。

最近はようやく新しい環境に慣れつつあります、しかしまだ慣れない場所もいくつかといった印象です。自分自身ももちろんですが、特に周囲の変化を見ていて心配になることが多いです。必要以上の心配をしたり、良い方向へ向かっていてもどこか不安に襲われていたり・・・そんな毎日を過ごしています。

まだ私の住んでいる地域では梅雨が明けていないように、そのようなどんよりとした気分です。

しばらく更新していないと、生活の中で感じることがたくさんあるものです。それらについてを更新していきたいと思います。

 

私は今勉強している心理学といい、カウンセラーの方と接する機会があります。

まだまだ勉強中なので、わからないことや考えるべき課題は山のようにある中過ごしています。でも、あと何年かはただ知識を覚えるだけの勉学というよりも、考える学問の時間が与えられているので、有意義に使っていきたい所存です。

私自身が過去にカウンセリングを受けていた時期もありましたが、今はそうではなく、逆視点での勉強をしているわけです。なかなか奥が深くて面白いと感じる部分が多く、また、学校内には様々な人がいてウォッチングしている分には面白く感じます。若干悪趣味かもしれませんが、ウォッチングをして、周囲の人間関係の変化を見て推測していくことが面白いんですね。

直接関わると巻き込まれかねないような結構危険なことも耳にしたりするので、そういったことを避けながら変化を見る傍観者です。

ただ引っかかることは、自分自身が精神的に脆いことや必要以上にとりこし心配や不安をしやすい性質なので、職業として心理カウンセラーをする、ということにはしっくりきません。

またカウンセリングを受けていた当時も、今もカウンセラーの先生と人について話すことがあって話していると必ずどうしても感じるものが最近あるんですよね。

話していてどこか冷めたような冷たさを感じ、温かみを感じることが決してないんですね。

他人なので温かくないのは当然の話ですが、それが普通の人よりも強いというか。

決して態度や返答や言葉がきついわけでもないのですが、どことなくそのような感じがします。

よく言えば他人と自分の境界線をしっかり持っていると思います。職業柄当たり前な話だとは思いますが、(ボダのように境界線を踏み込んでくる人も相手をすることがあるため)それでも遠巻きに突き放しているような感じがするのです。

また、どういった人なのかを読み取ることがあまりできません、表面上の部分だけはわかるのですが、それ以外のところがとにかく見る隙がない。

最近それがちょっと怖いんですよね。未知のことに怖くなることは誰でもあることだと思いますが、あまりよくわからない人に色々なことを話す気になれない。私自身の観察力がまだまだ足りないせいだと思ってはいますが、それでも昔感じなかったような怖さを何故か感じてしまいます。

 

先ほど、職業としてカウンセラーをすることができない気がするといった話もしましたが、あなたのような人はカウンセラーになるべきだという話をカウンセラーの方からされることがあります。

最近変な感覚になります、なぜなら周囲で何が起きていてもそれを静かに観察していられる、とよく言えば冷静に、悪く言えば他人事としてみてしまうんですよね。

昔は誰であろうと手を出してやけどをすることがありましたが、(まだ最近も人によってはあります)昔のように誰彼構わず困っていたら助けたいと思う気持ちがないんです。特に自分にとって大切な人以外にそのような気持ちを持つことがない。

冷めてしまったのは私のほうかとも思うことがあります。

冷めていないとやっていけないことが歳を食えば食うほど多くなるように感じています。しかし大切な人に対しては熱くなりすぎてしまうので、冷たくなることが辛いです。元々は冷たく居ることが苦手です。

もしかしてカウンセラーの人たちも本来は人が好きであるわけではなく、辛い経験をしていたり、そのようなことから由来する冷たさなのかなと考えたりします。

 

「優しい」人だけが、自分を「冷たい」と感じるもの。 | 心理カウンセラー根本裕幸

これを見て、確かに、本当に冷たい人はまず冷たいか温かいか自体を考えないのではないかとも思いました。それらを知らないから。

 

わたしは冷たいカウンセラーです。|森玲子☆長崎の心理カウンセラーのブログ

ただこれを見ていると、カウンセリングをするということは、クライアントの問題を解決するために時には冷たくしなければいけないということも当然わかります。しかし、カウンセリングをすること自体ある意味感情の取引をすることで対価をもらえるような仕事に感じてならないことと、第三者を使ってではなく自分自身が携わらなくてはいけないという点においてはカウンセラーを私が将来することは到底厳しいことに思えるんですよね。

 

そんなこんなを感じる今日この頃でした。