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日々の中で気づいたことを綴ります

12/9 ボダの幸せを望むこと

こんばんは、寒さが日に日に増して厳しい寒さとなってきましたね。

今日は最近自分が見つけた考え方についてを書き記します。

これは自分自身が境界性人格障害と思われる相手に対してずっと悩んできたことで、ようやく原因がわかってきたので記すことにしました。

※今回の記事も境界性人格障害の方の閲覧は避けていただいた方が無難かもしれません

 

以前から私は、ボダから嫌がらせをされたりする度にもう限界だと感じ、距離を置いてきました。しかし、それをすることによって追い詰める姿勢を示してくるのが以前も説明したボダです。自分の身を守るためとはいえ「私を裏切るつもりなの?」や「私を見捨てるの?」といった内容のツイートをされたりメールで来ることが度々ありました。また、「逃げるの?」という問い詰めを頻繁に受けたことがあります。

そしてそのような事態となると付き合っていられないと思うのです。

ですが、この問い詰めや追い詰めを何度も受けているうちに逃げることは悪いことだ、見捨てることだということが定着してしまいました。

カウンセラーから「自分の身を守るために逃げることでも必要な時がある」ということを聞き、「逃げることは悪いことじゃない」と認識できるようになりつつあります。

 

それに未だに本心どこかでボダに対して幸せになって欲しいという気持ちが捨てきれないことも次第にわかってきました。

普通なら憎い相手に対して幸せになって欲しいとは思わないものの、あまりにも追い詰められると見捨ててしまう気がして、どこかでそう思うようになぜかなりました。

そして捨てようとしても捨てられないことにずっとしばらく悩んでいました。

しかし、よく考え直したら「今まで○○をしてあげたりもしたし、結果幸せそうに今過ごしているみたいだからいいんじゃないか」という考えにたどり着きました。

これ以上何もしてあげられることがない気がして、それに自分がボダに関わることがボダを幸せにすることと違うことに気がつきました。

ボダは自分がいなくても変わらずに過ごしてゆくのです。今後誰かがボダを幸せに出来るのかどうかは別として、タゲにされるだけならば必要がない、寧ろあまり相手のためにも関わってはよくないと思うようになってきました。

 

まとめ

  • 逃げることでも必要なときはある
  • 逃げることは悪いことではない
  • ボダはタゲが幸せにしようとしなくても過ごしていける
  • ボダにとってのタゲもあまりいいものではないかもしれないし関わってはよくない気がする