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TIME

日々の中で気づいたことを綴ります

12/6 境界性人格障害の人を意識しない方法、克服する考え方

コラム

こんばんは、前回の更新からまたも少し間が空きました。

今回も境界性人格障害に関するコラムです。最近生活している中で気づいたことを書き残そうと思います。

※今回も今まで同様に境界性人格障害を患っている方の閲覧は避けていただいた方が無難でしょう。また、治療に関したものではありません。

 

では本題に入ります。今回は「境界性人格障害の人を意識しない方法、克服する考え方」について書きます。

私自身カウンセラーに言われた言葉で「相手(ボダ)はとても執着している」という言葉があります。そこで執着についてを考えました。

まず、ボダが執着してくることは避けようができないことがらです。かつてボダに対して執着(するようなこと)をやめて欲しいと伝えても効果はまったくありませんでした。それどころか更にひどくなりました。この執着は避けることはできません。これがボダです。

 

そんなボダに執着され続けると「次は何をしてくるんだろうか」と怯え、「ひどい目に遭わないために相手の動きを監視しなければ」などと考え始めてしまう場合があります。さて、そこで見返しましょう。

「相手の動きを監視」したりすることはタゲにされている人自身がボダに執着する行為にあたります。「タゲのボダ化」という言葉がありますが、このような行為はボダ同然と考えましょう。

監視したりすることは一つのストーカー行為でもありボダがタゲを探るのと同じことをしているようなものです。

 

私自身も最近ボダへの執着をやめたら以前よりずっと余裕を持って生活することができてきたようになったと思います。

今でも(実は)怯えるときは多いですが、怯えに負けることは負担を増やすことになります。それを最近は意識して生活しています。

今この記事を書く前もふとボダへの恐怖が起きましたが、落ち着いて記事を書くことによって抑える、という手段で紛らわせています。

いくら自分のことに集中する、夢中になることを見つけるといっても、ふとやることがなくて一人になったときに突然ボダへの怯えが襲ってきます。

怯えに負けてはいけません。ボダの思う壺です。

 

また、「ボダへの執着をやめる」ことは監視などをやめることだけではありません、「ボダに興味・関心を持たない」ことが大切です。

ボダが不幸になったからと言って喜んだり、一喜一憂することが、タゲにとっての負荷、疲れとなります。

なかなか難しいですが最近は考えないようにしています。

 

ボダからの被害に苦しんでる方が1日でも早く減ることを願います。 

 

まとめ 

  • ボダの執着は避けることができない
  • ボダに執着しないこと
  • ボダに一喜一憂しないこと