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TIME

日々の中で気づいたことを綴ります

9/20 精神的な病気を理解するということ

コラム

こんばんは。最近は本当に過ごしやすいような気候になってきましたね、しかしその分衣服の調整が難しい時期となりましたね。

 
今日は家族で朝からお祓い→お墓参り→温泉→ショッピングをしに出かけました、丸一日でした。
外にいる時に今日は一度発狂するような不安や何かでまた暴れたり走り出しそうになったりはしましたが、家族がいたため、これといって大変なことには何とかなりませんでした。昨日の鍼が響いていることもあって身体がしんどいですww
 
 
さて、本日は「精神的な病気を理解するということ」についてを書きたいと思います。
 
私はこれまで自分に異常があることを認められず、理解できないできていました。
それで様々な人から病院に行くことを勧められても病気ではないと思うほかにも「こういった発狂が起きても死んでしまうわけではない、耐えて我慢していればいつかは勝手に治るだろう」そう思って病院にかかる必要性すら感じていませんでした。その結果気がついたらリスカやODが当たり前になっていました。
今月に入ってから今までになかったような解離が起きるようになってから頻度が増し悪化しました。
そんな時に彼が言った「放置して我慢して治るものではない、病院に行かなくちゃいけない」という言葉に対して初めて受け止め、自分自身本当に治そうとようやく思うことができました。
結局はそういったことを決断させることは信頼関係に関わるものだと思います。
 
また精神的な疾患の一番の厄介なところは当人では気づかないことやどうしていいのかわからない、間違った対処や認知の仕方、周りの人間が気づかない、知っていても何もできないことが難しいところです。
肉体的な症状が出ない場合がなおさら厄介です。病院へ行く必要すらあまり感じないからです。
肉体的な疾患の場合と精神的な疾患の場合、後者の方が理解され難いです。周囲からは奇特な目で見られたりすることや恐れられることが多いです。
それによってとにかく心細くなります。自分だけなのではないかと思えてきてくるようになります。
 
本人が理解するにも周りが理解するにも最終的には信頼関係がなくてはならないと思いました。
改めて信頼関係について見つめ直すきっかけにもなりました。