TIME

生きる意味を探した

8/20 ODするよりラムネを食べよう!

 タイトルのまんまです。

自傷行為の一つとしてオーバードーズ、ODがあります。

薬の過剰摂取するアレです。

 

自傷行為って一度何らかの引き金で始めてしまうと癖になり

やめられなくなるような気がします。

それで困っている方もみえると思います。

(どういうきっかけでやめられたのか分かりませんが)

 

最近、「ラムネ」が素晴らしいなと思っているので、オススメします。

 

 

恥ずかしながらお酒大好きで、二日酔いになるわ、集中力が必要な局面というものが

多い時にこのような情報を見かけ最近ラムネの買い込みをしております。

しかしこれがまたおいしいおいしい。

 

しかもガリガリ噛める上に余韻の甘い味が最高なわけです。

余韻の味と言えばタバコがありますが、何よりもブドウ糖がとれてこんなに甘くてガリガリできるなんて最高です。

ODやタバコよりは健康によい(?)かと思いますが・・・

 

ふと思ったのが、ODの気持ちが治るのではないかと思ったのです。

もう今はすることはありませんが、この方法 是非一度試して欲しいのです。

8/20 境界性人格障害のターゲットになった3年後 消えない傷と戻らない時間

昨年も7月にこのブログを更新していたことに驚きました。

もうこのブログを作った年から4年も経つなんて、時間の流れは早いものです。

どうもこの時期になるとこのブログを更新したくなるようなあまり良くない精神状態になるのかもしれません。

 

※今回の記事も境界性人格障害(ボダ)の方の閲覧は避けていただいた方が無難かもしれません。閲覧したことに関する責任などは一切負いません。

 

当時の件からもう既に3年以上が経とうとしています。

もう、当時あれだけさんざんやってきたボダは身の回りにいません。

嫌がらせの嵐や、見捨てられ不安による異常な執着や攻撃を受けることもありません。

 

しかし、あの経験によりどこかで気持ちが壊れてしまっている部分があり、完全には元の状態に戻れていないのが現状です。

通常しない体験をした気分で、また、あの時期があるからこそ、周囲の人に恵まれ、楽しく過ごせることに大変感謝している反面で、これが現実ということが信じられない。

それに今は最高に熱中できることが見つかりました。四六時中それをやって、それを通じて様々な人と出会い、温かさを感じます。

夢を見ているようなそんな気分で過ごしていて、こんな幸せがあっていいのかという気持ちに多々なってしまいます。

 

何よりもあの時点で死んだような気がして、生きている気分がしない。

あのボダのターゲットになった方は皆全て、自殺未遂等の深刻な事態に

追い込まれているだけに、ゾンビの気分です。

単なる思い込み・・・

長い期間逃れられない環境で耐え続けてた後遺症なのでしょうか。

 

当時のボダによく似た人と出会うことがあると、極力回避してはいますが、それでも当時の記憶が蘇ります。

このブログで当時をどうやり過ごしてきたのかを見るとやや気持ちが落ち着きますが、いかんせんパニックを起こしそうになったり、自傷したくなる気持ちがふつふつと湧き上がるのです。

 

何よりも辛いことは、当時の期間を2度とやり直すことができないことです。

本当は普通に楽しく過ごし、充実した高校生活を送りたかったのに、半分以上がこの要因により潰れてしまいました。

最近になってそれをひしひしと感じて、同じくらいの歳の相手とは楽しく話せないことや話せない時期というものがあります。

 

この先に経験し、取り返しのつくことは何とでもなる、死んでもいいから取り返したい。

しかし、お金を払っても何をしても出来ないことというのがあるもので、当時は目の前が真っ暗でそのようなことが見えませんでした。

自分にとって経験になりはしましたが、結局のところやりたかったことを何もその時期にできなかったという悔いが大きく、許せない気持ちになります。

 

現在ターゲットになって苦しんでいる方には、数年後を是非一度考えて欲しいです。

そして、自分自身の時間の使い方に着眼して欲しいです。

ただひたすらにボダに苦しみ、2度と戻れない今の時間を無駄にしないでください。

現在暗闇で余裕がないのは苦しいほどに分かりますが、後遺症を残さないためでもあるのです。

 

ボダに関しての情報は充分にインターネットにありますが、

ターゲットの声、苦しみというものはまだまだ少なく、

この先にわたって、周知される必要があるのではないかと思います。

また、ターゲットを支援する活動等も同様です。

 

実際にブログを書くことで、周知してもらいたいという意図と、

他にもこのようなことで苦しんでいる方の救いになりたい、

また、そういった方々が発信することで、ターゲット当事者自身も

気持ちが少しでも和らぐのではないかと思って、このブログを残しています。

7/27 境界性人格障害と洗脳、マインドコントロール

お久しぶりです。最近はとても蒸し暑く、夏真っ盛りですね。

このブログはもともと以前身近にいた 境界性人格障害=ボダ で苦しんでいた時に作ったものです。時間が経過して環境も変わり、私自身だいぶ落ち着きました。

毎日好きなことをして、夢中になれることがあって、楽しいことを呑気に考えながら、過ごせています。

 

しかし身近な人から、私以降で、そのボダが私以外に対して行った行動というのを耳にすることがあり、動揺してしまいました。今彼女(ボダ)はいったいどのように過ごしているのでしょうか。詳しく知る術はありませんが、知り得る限りでは相変わらずのようです・・・。

私に限らず、私が被害を受けたボダは、別の人に対しても、死に追い込むことを今回も行いました。

もうこれ以上ボダで誰かが苦しんでほしくない

ボダの被害を受けて辛い思いをする方が一人でも減ってほしい。

自分自身の被害を今回振り返ってみると思い出したことがあったのです。

 

では本題に入ります。

※今回の記事も境界性人格障害(ボダ)の方の閲覧は避けていただいた方が無難かもしれません。閲覧したことに関する責任などは一切負いません。

 

 

境界性人格障害と洗脳、マインドコントロールに関した記事は、あまり見かけない気もするので、書いておこうと思います。

当時は私も気づきませんでしたが、知らずの間に弱い場所につけこまれ、気が付いたころには、身も心もボロボロになっていました。

タゲになっている方には、今すぐにでも境界性人格障害と洗脳(マインドコントロール)の関係について知っていただきたいと思い、記事を執筆しました。

以下洗脳に関しまして、

マインドコントロールのやり方は簡単。洗脳を解く方法もついでに暴露する

こちらのwebサイトに記述されておりましたので、抜粋させていただきます。

該当する項目を抜粋させていただきましたので、一つずつ見ていきましょう。

 

 

「極限の恐怖を与える&開放する」を繰り返す

極限の恐怖と洗脳

まず、洗脳を仕掛ける側は、暴力や暴言を使って極限の恐怖を与え「支配する側と支配される側」の上下関係を築きます

人間は、自分よりも「上」だと認識した者の発言を、素直に聞いてしまう習性があるためです。

また、極限の恐怖を与えられることで、身体的にも精神的にも弱ってしまい「無力感や無価値感」を持ち始めます。つまり、支配する側の価値観をより受け入れやすい心理状態が完成します。

こうして、相手が価値観を受け入れ始めたら、洗脳を仕掛ける側は、恐怖状態から急に一転して「安心」を与えます。

人間が本能的に求めている「安全」を一時的に与えることで「従うことが善」だと学習させ、洗脳を定着させる手口です。

その後も「恐怖→上下関係(優先順位の明確化)→無力感(無価値感)→価値観の刷り込み→安心→恐怖→」は、洗脳が完璧に定着するまで繰り返されます。

分かりやすい例では「ドメスティックバイオレンスの夫や彼氏から離れられない女性」が、この洗脳メカニズムに該当すると言えます。

 まずこちらがボダとタゲの関係性に当てはまるものと言えるでしょう。

常軌を逸した行動を行うボダに対して、タゲは理解できない恐怖を持ってしまうことは多いでしょう。これこそが支配の上下関係と言えるでしょう。

以前私もこのような形で、「無力感や無価値観」を強く感じ、一時的な安心(ボダが落ち着いて静かになること)に縋り付いては、ひたすら従うことしかできない、と思い込んでいました。何度もこのような行為を繰り返すボダというものは、洗脳の繰り返しを行っているも同然だと感じます。

とにかく、おかしいと内心感じていてもボダから逃げるため、ボダを落ち着けるために、指示や要求に従ってはいけません。泥沼への入り口となってしまいます。常軌を逸していて理解できない、おかしいと思うその心をしっかりと持ってください。決して動じたり揺らいだり従ってはいけません

従ったらボダの思う壺で、余計にひどくなっていきます。どんな暴力・暴言・精神的・身体的な被害を被っても平気な、不死身で鋼な人間離れしたメンタルと身体を持つ者以外は従ってはいけません。

 

自己否定感を埋めてあげる

自己肯定感が低い状態から癒す

前述したように、洗脳のやり方として「批判と恐怖」を与えることが王道的に使われます。これは、人間が自己否定に苛まれたときにマインドコントロールにかかりやすいためです

そのため、普段から「自己否定感の強い人」は、洗脳にかかりやすい人と言えます。

もともと自信がない人、劣等感が強い人は「自分=非力」と考える癖があります。これは裏を返すと「私は無力なので他力で人生を変えるしかない」という思考が根底にあることを意味します。

 

 もともと私もこのタイプでした。

小さい頃から他人がいともたやすくできる当たり前なことができないことが多々あり、それにより、引け目を常に感じていました。

そこへつけこまれてしまったのもあったのではないかと今になって思います。

決して今も強い自信を持って自分を肯定できるわけではありませんが、被害に遭う前と比べて、「無力だから他人を変えよう」「無力だから他力で人生を変えてもらおう」と思わなくなりました。

ボダにとってはこれほど都合の良い考え方はありません、うってつけのタゲになってしまいます。

インターネット上によくある、強い自信を持って自分を肯定せよ!、プラス思考になれ!とは言いません。もともと長年自己否定感を抱えている人が、簡単にそのようになることができたら、世の中に自己否定感を持つ人はいなくなります。

そこで、「私は無力だが、無力なりに自力で自分を0.1mmでも変えていこう」と思うのはどうでしょう。私は現在こういった考えです。弱い部分を思い切って認めてしまいましょう。かなりすっきりするのでオススメですよ。

「まずはボダに従わない自分になろう」

タゲの方に伝えたいことはこれですね。

 

これらの観点から、洗脳やマインドコントロールと、ボダ・タゲの関係性も非常に関連しているものだな、と経験者から見て感じました。

一日でも早く、ボダについて知り(知識を得て)、手を打ちましょう。

手を打つタイミングによって、後のダメージの度合いが変わってきます。

現在ボダで悩んでいるタゲの方は、取り返しがつかなくなる前に一刻も早く、手を打ちましょう。

4/7このブログと境界性人格障害

おはようございます こんにちは こんばんは

約半年ぶりに更新&ブログチェックを行っています。

また更新したい内容があったためログインをしました。

(そちらについては記事が長くなるので、分割します)

ふとアクセス解析を見てみたところ、このブログは境界性人格障害について調べられている方からのアクセスが大変多いですね。最近こういったことを書いてはいませんし、更新の頻度も低いですが、それでもアクセスをされる方の多さに驚きを感じています。

以前にツイートでも似たような体験をされた方からツイートをされていたことがありました。

それだけ皆様悩まれている、もしくは知られてきているということかもしれません。

昔から境界性人格障害の方は一定数いるとは思うのですが、今は学生世代でもこのような方が存在するので、不思議なことではないですね。それはよいとは当然言えない傾向ですが。

知識や対処法についてが浸透することはいいと思いますし、浸透して欲しいとは思います。ターゲットになって悲惨な思いをされる方が減っていただけたら嬉しいです。

ただほんとうは、境界性人格障害の方々が増えないことが一番だと思いますが、さすがにそれは簡単なことではありませんね。

 

あと最近私は、部屋の大掃除や大処分を行いました。

今までずっとぐちゃぐちゃな部屋に居続けていましたし、どんなものがあるかも最近は全く意識せずに生活をしていました。

しかし最近生活をしていて引き出しを開けたら、病んでいた頃の持ち物を部屋から発見してしまい、複雑な気分になりました。それから数日経ち自力で処分を行いました。

病んでいた頃だったら絶対に処分できなかった物です。

一つのポーチ。 中身は・・・察しと言わんばかりのものが詰まった自傷道具箱。

今になって見ていたらこの頃はある意味薬箱のようになんとかボダからやりきるため、また自分の精神が異常なときに使用していたもの。

ものすごく壮絶な雰囲気がしました。

そしてそっと処分しました。

今後に引きずらないためにも。

なんだかんだでちょっとは根に残っているため、引きずらまい引きずらまいとしている感が否めませんが。

でもどうにかこうにか今は平和な(?)毎日が送れているためとても幸せだと感じた瞬間でした。

 

12/16 大学で心理学を勉強する前に読んで欲しい

お久しぶりです、こんばんは。

毎回期間をあけてしか、このブログを開いていませんが、それでも閲覧している方々がいることに感謝します。

近々新しいことにチャレンジをしようと、様々な試みを実践していました。

前回の記事に引き続き、下書きを10/2にしていましたが、そのまま約2ヶ月も放置しました。下書きをしたことすら忘れていました・・・。

ということで、下書きの内容について完成させておきます。

今回は

大学で心理学を勉強したい

と考えている方に一度は目を通して欲しい内容です。

自分の目的とは違った選択をして後悔しないように。

 

インターネット上で検索をかけても、心理学科がどういうものなのか、詳しいことについてまで触れられる機会は少ないですが、いっぽうで一部の掲示板などには記述がある内容を触れていきます。

入学するまで結構、学科に関した情報って少ないんですよね。当然ながら、学校側からすれば、生徒が入ってくれることは嬉しいことであるので、伝えない落とし穴があるんですよね。

福祉に関連した心理学なのか、商業などに関連した心理学なのか、ひとことに心理学といえどたくさんあり、それぞれ違いがあります。

よく誤解を生むのが「心理学を勉強することにより、人の気持ちなどがわかるようになる」といった解釈です。あくまでデータや一般理論に基づいた勉強をするばかりなので、個々の違いだったり、そういったことを勉強することには向きません、不向きです。

実際に私が入学してそう感じました。日常的に生かせられるような勉強はほぼできません

また、心理学は人によって認識や理解が異なる学問であり、自己解釈、発見をしていく人と、過去の知識に囚われて、教科書やテキストなどマニュアルのたぐいをそのまま鵜呑みしている人が存在する。

また、古い知識を過信し、勉強を怠っているような方々も見受けられます。

これは先生、生徒ともどもに言えることです。

ある種の宗教的なものだと思えて怖いと感じるんですよね。

ワンパターンな考え方を植え込まれているようで。

授業では「個々の違い」という要素は含まれていないです。

理論などは、平均化と分類分けでできており、分類外までは考慮されていません。

 

つまり言いたいことは、

「これが正しい」という考え方は存在しないのであって、「これが普通」といった考え方も、人によっては「おかしい」と感じる。

生き方や性格に、正しいも誤っているもないと思います。

 

あと心理学は歴史の勉強みたいなものです。

過去の理論を作った人や、心理学の歴史について勉強することが多いです。

それらに興味があるのならば、価値がある勉強を出来ることだと思います。

また、なにかの職業を目指す上で、「心理学」が必要な場合も有意義に勉強が出来るでしょう。

もしそれらに興味がなく、「心理テスト」感覚や、「人と関わるのが苦手だからなおしたい」、「ただなんとなく」「人に勧められたから」といったような内容で進学しようと考えている場合は、もう一度よく考えてみてください。

 

10/2 境界性人格障害でタゲになっていた人の一年後

こんばんは、最近少しずつ寒さを感じるようになってきましたね。

それもそのはず、カレンダーを見ればもう10月。早いですね・・・本当に早いです。

ブログの記事を改めて見返していても、このブログを作ってそろそろ1年近いのではないかというくらいに経過したことを実感しました。

一年前はボダ、境界性人格障害の人に何年も苦しんで苦しみ続けた内容が記事にされています。もうあれから一年ほどが経つと思えば時の流れって早いですね。

もともとは私自身がネットから得た、また苦しんで考えた末に自分なりに出した結論を記しておくために作ったのがこのブログです。

あの頃は本当に自分自身もやられてしまって、どうなることだろうと思いましたが、意外と何とかなったものです。

まだ傷は奥深くに残っていて、完璧には取りきれていないのですが、表面上、生活上は問題がないくらいには寛解したと感じます。

当時は「境界性人格障害」というものを彼女に出会った頃は知らなかったので、それで苦労したのもありますし、通常の人と同じとして考えていたがために、行動が常軌を逸していて理解できないため、ものすごく苦しみました。

初めは性格が異常だとか性格の病気、もしくは精神疾患だと思いそれで必死に調べて「境界性人格障害」というものにたどり着きました。

だけども「克服」したとは言い切れないのが現状です。

最近はそのような方が身の回りに今のところいないのでいいですが、また再び同じような方と出会った時は恐れを抱きます、怖いです。また、この出来事をむやみに引き出されることに関しては未だに不快感を持ちます。ましてや、特にまだ信用ができない段階の他人に引き出されるどころかつつかれたり、つけいられたら未だに耐えられないところはあります。

そのような人を見分ける目を持ちたいというのが今後の課題でもあり、うまく立ち回りができるようにもなりたいと思うところです。それにはもちろん、自分自身をしっかりと持ってブレないくらいのメンタル力を持つことは当然、時には自分の身を守るための方法も必要だと感じました。

きっとあの件は今後も私は忘れることはきっとできないでしょう。

そのくらいショックが大きな出来事です。

あの経験を活かして、同じように苦しまれている方々の役に立てれたら幸いですし、一人でも多くの方がボダからの損傷を回復できたら良いなと思います。

近くにいるボダに今苦しまれている方々に贈ります

「あなたはもう十分頑張った、とても優しい人。

 どうか自分自身が壊れて精神疾患になったり、心がなくなった人間になってしまうほど無理と我慢をしないで。

時には助けを求めて。時には逃げて。

時に良心が痛むことがあれど、勇気を持って決心して欲しい。

そしてなによりも自分を大切にして欲しい。 」

 

7/12 メンヘラにつける薬はちゃんとある

こんにちは、珍しく連日の更新です。

久々にあるコミュニティーサイトを覗いたら、このようなことをつい書いておきたくなり、記事を更新させていただきました。

以前に私のブログで

4/20 知識の海を泳ぐ - TIME

という記事を書きました。こちらも併せて読んでいただけると嬉しいです。

ここでいう「メンヘラ」とは、「精神病を患っているだけの人」を指す言葉として書くわけではないので前置きお願いします。今よく聞くワードの一つです、そのような定義で書いていきます。つまり、必要以上にネガティブになって周囲に喚き散らして弱さをアピールしたり、周囲に迷惑になるような行動などいろいろをするような人のことですね。今もなお私もそのような気がまだ残っているようでたまらない気になることがありますが、自分なりに気をつけています。ただ、かつての私のような行動をしている人をネット上で見ていると、そんな人に少し言いたくなることがあるんですよね。お節介でこれも迷惑な行動なのでそんなことを言いに行ったりはしませんが。

 

彼らが「トラウマ語り」したがったり、やたらネガティブになる原因はあるんです。

「トラウマ語り」をすることにより、実際に過去の受け入れられないような出来事を消化させる、というのと、注目を引くため、という点があると思います。ネガティブになりすぎてしまうのも、前向きに考えることができないのは言うまででもありませんが、それ以上に知識不足だと思います。どうしたらその嫌な出来事を、自分なりに消化できるか、その消化法を見つけられないという話です。単純に嫌な出来事を消化するのが下手だと思います。

以前に書いた記事やそこで紹介しているブログなどを見てほかにも気になったことがあったらどんどん調べて、消化できる量を増やすべきです。

よく傷の舐め合いとも言えるような「わかるわかる、私もなんだよ」っていうのを見たりするのですが、あれは正直あまり効果がないと思います。人間不信がひどいですから。少しでも意思に反する行動をされたら、「案の定こいつも汚い人間なんだな」みたいに思ってしまうことがあるので。そんなことされても嬉しくないんですね。嫌な出来事や嫌な気分が緩和はされても、消化はされないですので。

ただ矛盾があるんです、「人間不信なのにさみしがり屋で甘えん坊」という点なんです。逆にさみしがり屋で甘えん坊でなおかつ嫌な出来事の消化ができない状態で人間不信になった果てにいきつく先がメンヘラです。

こじらせると、「私はメンヘラでこういう人間なの、だからそれを理解しない人はこないで」みたいな考えにもなり果てます。きつい言い方ですが、自己嫌悪が激しくて自分が大嫌いなようで自分大好きなんです。本当に嫌いになると少しはマシにできないものかと嫌な出来事の解決策を嫌でも探すようになります。

もし近くや身の回りに、今後もしそのような人たちと出会い、どうしてもその人のことが大切に思うなら、このようなことを頭に入れておくといいかもしれません。

メンヘラなんだからと突き放したり攻撃するような態度をとってはいけません、余計に人間不信が悪化し更にメンヘラが強化されてしまいます。それよりも、一緒に解決策を探して、徐々に嫌な出来事を消化できる幅を広げることが一番理想だと多分思います。

メンヘラこそ、脳科学を知るといいかもしれません。感情の仕組みなど人間の性質上起こるものを知っていれば、納得できることが増えるのはあります。

納得や消化がちゃんとできるようになれば、幾分かマシになって、ほぼメンヘラ卒業近いような状態になるはずです。